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小説「ヒイラギとツバキの関係」2

  ヒイラギとツバキの関係         
  秋月十紅/著

 昨晩の『お迎え』から一日空けて、今はもう授業が終わり静まり返った教室。

校門が閉まる最終下校時間が迫っていた。

姫依は校庭を見下ろせる窓際。自分の席で橙と藍色のグラデーションを頬杖ついて眺めながら誰も居ない教室で油断していた。

机の上には『はじめての愛犬シリーズ1』。明らかに校則違反の品を開けて。

早く帰っても同居している穂乃香が帰ってくる訳でもなく、子犬との触れ合いを楽しみたいにしても自分一人では心細い。早く子犬と馴れ合う為にも……と思い本を読みながら時間を潰していたのだ。

「柊くん? 帰らないの?」

姫依だけしか居ない橙に染まる教室の入口。ドアに片手を預け何かに魅入られている者をじっと見据えて薄く微笑み浮かべ幼いながらも凛とした声音を発する少女が立っていた。

彼女は、丁寧に折り畳まれた弓道着を入口近くの机の上に置き姫依に近付く。

しかし、

姫依は、昨日穂乃香が放さなかった『はじめての愛犬シリーズ1』を。今晩もまた本を片手に子犬と睨めっこするのだろう。と思慮に耽りながら、つい先程まで熱心に読んでいた本をそのままに、太陽が山の向こう側へ隠れていく瞬間。橙色に輝く光に見惚れて徐々に部分日食のように欠け、以外と速い太陽の動きに目を奪われていた。

「柊くん? それ、校則違反だよね?」 

「あ……桜さん」

桜恋乃。見目が良くて明朗快活の性格でクラスの人気者の彼女。時々、部活動帰りに教室に寄り学校では比較的寡黙な方の姫依を気に駆けて話し掛けてくれる女の子。

そんな彼女に気付いた時には、目を細め後ろ手で姫依の机の上にある本に目を落しながら近寄ってくる所だった。咄嗟に本に覆いかぶさる姫依を楽しむかのような笑みを浮かべ恋乃は「あら~」などと言いながら歩く速度を速め姫依の席の前へ立つ。

「教室の電気が点いているから来てみれば!」

 この時間珍しく顔を覗かせるクラスメイトは机に伏せる姫依を見下ろす。

「お犬様の躾け本ではないですか!」

物音一つしない教室にふざけたように咎める声音を響かせた。そして、嬉しそうな笑みを浮かべ、得意げに鼻を鳴らし腕組みをしてみせた。

勝ち気に振舞う恋乃を見上げたまま「ううぅ」と唸りをあげ油断していた事を後悔した。

誰も来ない閑散とした教室。

僅かな人しか残らない校舎。

つまりは、いつもなら足音や気配でわかる。しかし。

 姫依は見つかってはいけない人に見つかってしまったのだ。

罪を犯した者を楽しむ好奇な眼差しを残して腕組みをやめた恋乃は姫依の前の席に腰掛け、 

「不覚をとったね柊くん♪ 私なにを隠そう、風紀委員なんだよ? それにしても今日の夕焼け、すっごい綺麗だったものね」

夕日で煌めく自分の二つ結いされた髪を掬いとるように触りながら伏せたままの小柄なクラスメイトに顔を寄せてきた。上目で恋乃を伺う姫依の目には驚く程整った顔と良く手入れされた煌めく髪の毛で視界いっぱいになる。さらに長い睫毛をパチパチさせて姫依の言葉を待つ間が余計緊張を高めた。

姫依は固唾を飲み込み、今晩の楽しみの教本でもあるこの本をここで取り上げられないように見逃してくれる事を必死で祈りながら頷く事しか出来なかった。

「……先生に言ったりしないから、さっさとカバンにその本詰め込んだら? もうすぐ先生が見回りにくる時間だよ?」

 見兼ねるように溜息をついた風紀委員は姫依の鼻先ギリギリまで絶妙に整った顔を近付け、諭すような響きを持った声だったが罪を咎める勧告ではなく忠告をしてくれた。

超至近距離の恋乃からは微かに彼女らしい良い香りがした。部活動を終え着替えた時に香水をつけたのだろう。柑橘系で甘い。子供っぽ過ぎず大人っぽくも過ぎない、そんな恋乃の為に調香したような香りがしたのだ。

……いい香り。

姫依は顔に血が登ったのを誤魔化すように時計を確認すると、確かに最終下校時刻である午後五時三十分に近付こうとしている。

「あ、ありがとうございます。桜さん。ボクそろそろ帰りますので……」

 見逃してくれる事に感謝した姫依は、良い香りがする恋乃へペコッと頭を下げて、カバンに本を丁寧に入れはじめた。

「ねぇ……柊くん、途中まで一緒に帰らない?」

 姫依の手つき、細い指先を注視している恋乃はそんな事を言ってきた。

 確か恋乃は、自家用車で送り迎えをしてもらっているはず……そんなのに甘えられる程仲良くしている訳ではない。

「今回はご遠慮させて頂きます。又、誘ってください。寄りたい所もありますし」

 しかも、家族の間の仲睦まじい会話を聞くなど寂しくなるだけなのだ。

「じゃ、また明日ね。次誘うとき絶対に拒否しないでね。でないと今日の事先生に告げ口するかもあっでも風紀委員なんてニックネームみたいなものだから気にしなくてもいいけど!」

「あはは……わかりました。ではお先です」

結局元気一杯に風紀委員の仕事を放棄する発言をしたクラスメイトに姫依は満面の笑顔でお別れの挨拶を済ませた。見逃してくれてありがとう。と。

その時には橙から藍色に。藍色の範囲が増え始めた空。

二人しか居ない教室ももれなく藍色に染まりが訪れ静謐が戻り蛍光灯の光りがしっかりと影を作り出す。

恋乃は一瞬頬を膨らませて見せたが姫依と同じように手を振り笑顔を返してくれた。

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