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小説「アウローラの美瑠と聡明なマセラティ」2

アウローラの美瑠と聡明なマセラティ  秋月十紅/著

  1

「どうしたの千佳?」

千佳は慣れない右側の座席に落ち着きなく座っている。朝日で青く輝くティレニア海を眺めながら社長の運転するボロボロのレンタカー、フィアット500の鉄板剥き出しの内装を見比べるようにしていた。

そんな彼女を社長は面白いものを見るような目で訪ね笑顔を向けてくる。

「いえ。得に」

たまらず短く返事して俯く。仕事をテキパキとこなす普段の社長とは真逆。美瑠をそのまま大きくした容姿の彼女が酷く幼い笑顔を見せたからだ。

そんな会話に面白さを見付けたように後ろの少年が、ふくく。と声を漏らした。

「もう、美瑠まで何?」

子供のように千佳は頬を膨らませて抗議すると、

「休みの日くらいリラックスしてていいのよ?」

 緊張していると誤解した社長は千佳のすべすべの髪を一撫でしてきた。

「美瑠の前で子供扱いしないでください!」

ピシッと言うが、狭い車内。逃れることもままならずに、運転している社長に手を出せない葛藤していると美瑠はとうとう大声を出して笑い出した。

運転席と後部座席。大小。いや、中小。ほぼ同じ容姿の親子が太陽の輝きを一斉に反射させるティレニア海の勝る輝きを見せている。

「もう……」

窓全開でサンルーフ全開。気持ち良い風が巻込む車内で髪をぐっしゃぐっしゃにして大声で笑う蜂蜜親子から目を逸らせ海の反対側、対向車線に目を向けた。

古い車、古い車、古い車、比較的古い車。

対向する間隔は長く。振り返ると古そうな車ばかりが対向してくる。

そんな中、ティレニア海の青さと対岸の緑の間に割って入る一筋の赤い存在。それは一際赤く。艶やかで眩い流れるボディ。その口にはトライデントが輝く。

マセラティだ。

海の神から授かったトライデントを誇らし気に銜えて道々と一定の曲線を描く一本の軌道に釘付けになった。

なんて、かっこいい車なんだ。

すれ違ってもなお、飛行機が尾を描くように赤い残像を残すリアビュー。押出しの強すぎるフェラーリとは別格の存在感。これだけの残映を残すもフェラーリは動ならマセラティは静だと印象づける洗練されたパッケージにリアルタイムスロー現象を味わう。

「ちーちゃん? よだれ出てるよ?」

ふと後ろを見る千佳の顔を覗く美瑠と目が遭う。リアのハメ殺し窓に頬を密着させる彼は美しい顔にシワを作り必死に千佳の顔を覗いていた。

「……あまり、ラガッツァ(女の子)の顔を覗かないのミロルド(英国紳士)なんでしょ?」

 目が遭って嬉しいのか、口元を押さえる千佳が面白いのか目を糸に可愛い唇を三日月に変え、

「ボクは、ズノッブ(紳士気取り)ですから」

ボサノバが流れるカフェで絶世の美女に恋した優男がこれから歯が浮くセリフを連発しそうな会話をした。

一頻り笑った後、

「何見てたの?」

何故か興奮気味に社長が話してくる。何? 何? もしかして今のヤツ? などと子供のように愛くるしい表情で。

「ちょっとマセラティに、見とれちゃっただけですよ」

 千佳はハンカチで口元を拭い紅潮する頬を悟られないように、愛想なく返す。

「ほほ〜 可愛い所見せちゃって〜 美瑠! 今なら千佳お姉さんの真っ赤なほっぺに悪戯してもいいわよ」

それから、はーい。と元気よく返事する美瑠は、うろたえる千佳など気にせず。突いたり、摘んだりと大義名分を手に入れた者の強さを見せつけるのだった。

「おっ、お腹が筋肉痛になっちゃう」

結局美瑠の満足いくまで責められ続けた挙句に「おしっこ」と股間を押さえる始末。

人目が差さなそうな場所で車を止め、今は社長近くの露店へ行き美瑠は浜へ降りていった。

道路脇、駐車スペースに止められたフィアット500から降りた千佳はお腹を押さえて千鳥足で路肩を歩く。すこし酸欠気味だった。あれから頬から首筋。脇腹に太股と。相手が子供でなければセクハラで訴える事ができる際どいくすぐりに耐えたからだ。

美瑠とホテルでいるときは、クールに振る舞えるのにどうも社長の前だと調子が狂う。

そんな事を思いながら下腹を摩り溜息をつくと爽やかな潮風が、髪を掬い上げ風の妖精が戯れるように小さなつむじ風を起こす。

「……ったい」

目に砂が入ったようだ。右手でお腹を摩り左手で目元を押さえるという幼児顔負けスタイルを強要させられる事になった。

目元に集中! 涙よ湧いてこい! 等と念仏を唱えていると、

カツカツと固い道を踏み締める音がした。

「ちーちゃん……もしかして泣いてるの?」

目を閉じたままなので表情は確認出来ないが甘い声に謝罪の意が隠っている。少女のような彼はきっと眉をハの字にしているに違いない。

近付いて来る足音に対して、

「違うの……ミルクは悪くないの」

極端に三文芝居をかまし声に背を向け、心で舌をだす。

「えっ……やっぱりボクが、日頃の仕返しで虐めちゃった事に怒ってるんでしょ」

更に近付く足音が自爆しようが心のメモ帳に書き記し、

「ちーちゃんね。小さい頃……そうね、ミルクくらいの時だったかなっ。平滑筋筋損傷の病に感染したのは——」

 三文芝居に山場が訪れた。しっかりとタメを作って、振り返りながら、

「——それは、不治の病と診断されたわ……今、発病したみたい。もう、ちーちゃん。ミルクの傍にいられない! もう死んじゃうの!」

半ば叫び、異物が混入した目は真っ赤で涙もたっぷり。

気迫の演技。ここがステージ上ならピンスポット赤色間違い無し。

千佳は、涙で霞む目をそのままにオペラのヒロインばりに手を広げ、冗談よ。と言わんばかりに舌を見せた。

「私がキュン死しちゃうわ」

貯まった涙が頬をつたうと、はっきりと二人の影、

社長と美瑠が立っていた。社長は餌を与えるときの愛犬のように飛びつきそうで、美瑠は悪戯大成功した子供のように嬉しそうに破顔一笑。

行き場のなくなった両手を広げたまま固まった千佳は掌をくるりと返し、

「は、拍手がなくってよ?」

 脚光を浴びるヒロインを続けた。

「死ぬんだったら私の胸元で死んでちょうだいね。筋肉痛(平滑筋筋損傷)のヒロインさん」 

そう言い終える社長は、待ての出来ない子犬のように千佳に飛びかかり耳元で更に告げる。

「さっきのマセラティ、実は今、納車待ちなのよ。だから傍から離れないでね」

目を眇めマセラティの妖艶と対等できる美しさを持つ社長の超ドアップ笑顔を見せられ、

「もちろんです。ずっと傍にいます」

オネエサマ。等と口走ってしまいそうに千佳はとっさに夢心地に、うわ言のように返事した。

……。

エムっぽい容姿に騙されてはいけない。蜂蜜親子はエスなのか。

しばらく蜂蜜親子に野次られたが、フィアット500に戻る際そんな事が過ったが、

千佳には両親共にいるが片親の美瑠が羨ましく感じた瞬間だった。

美瑠の気持ちが分かったかも知れない——。

先日語った多忙な母親への寂しさを。

それは多忙な毎日を潜り抜け久々に訪れた休日がこんなにも甘味なものだったら、甘えて、誰かにそれを求めてしまう事が。

「ちーちゃん早く!」

 助手席を前にした美瑠が手をふる。

日が傾くまでまだまだ時間がある。手をふる美瑠とかかりにくいエンジンに気合いを入れる社長を見ていると今夜でも親元に電話でも入れてみようかと。

そんな迷いが恥ずかしくて——

そんな恥ずかしさを払拭させるように手をふり駆け寄ってみた。 

不思議と同性の社長にも、歳の離れた少女のような少年にも、甘味なものを見る目線を向けられても嫌だとか思わず何でも許してしまいそうな気がしたから。

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