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小説「ヒイラギとツバキの関係」4

「ヒイラギとツバキの関係」4 

秋月十紅/著

上品な鐘の音と共にエレベータの扉が開くと、

最上階フロアは穂乃香の家。このマンションの玄関エントランスホールにも劣っていない絢爛で優美な造りになっている。

そのまま大理石の床を数歩進むと重厚な玄関ドア。アールデコ『調』とは言わせない本物の様式で腕の良い職人によって鋳造された装飾があり、姫依は馴れた手透きでセキュリティを解除した。

「ただいま〜……お腹減りました」

ゆっくり開け誰かに耳元で囁く程度の声音を発し、一瞬立ち止まり返ってくる事のない声を聞こうとしたが、返ってきたのは自分の『きゅう……』と空腹を知らせるお腹の抗議の声だけだった。

……そうだ、子犬に餌をあげよう。

姫依は、鞄を玄関ホールへ置いて制服が汚れないように穂乃香のひらひらとレースがついたエプロンを借りて、犬用品が燦爛したままのリビングへ。

「待っててね。今からディナーの準備するから」

子犬へ簡単に挨拶をして食事の用意を開始した――。

恋乃に見つかるまで穴のあく程読んだ『はじめての……餌の与え方』ページはすぐに開き、朝からキッチンの脇に置いたままになっていたドッグフードを適量掴みお湯で浸す。

……。

待っている間。イタリアングレーハウンドらしい細くスマートな身体に幼いがシャープな顔つきでくりくりとした双眸と対峙していた。

お迎えをして数日は構わない方が良い等と本には書いてあったが守れるはずものなく昨夜は震える子犬の身体を撫で回し、一挙手一挙動に感銘の溜息をつきお互い半目で睡魔と戦う頃まで夜更かしをしたのだ。

「イタグレちゃん、何て名前がいい?」

頭を低くし何かを伺う子犬はドッグフードの入れ物と姫依とを見比べ「くぅん」と鳴き、愛らしくひらひらレースのエプロン姿の姫依に飛びかかりたそうで飛びかかれないそんな中途半端な仕種を見せていた。それは、スラリと伸びた手足をしなやかに動かし長身女性を思わすスリムでスレンダーなブルー&ホワイトのボディーラインに小さな顔。薄い唇をキュッと引き締めてのウエイトポーズ。湿った黒い鼻をヒクヒクさせ木目細かな毛並みで姫依を見上げる姿は優雅で気品を纏っている。

『可愛い』と『優雅』さを分かりやすく兼ね持つ子犬はもう一度ドッグフードの入れ物と姫依とを見比べてから舌舐めずりをしピンクの舌を覗かせた。

 これこそ本当の一挙手一投足と言うのだと宣言したようにお座りをして姫依に目配せを送り続ける、先刻から終止弛みっぱなしの姫依は同じ子犬と同じお座りポーズでそれを見守りドッグフードがふやけるのを固唾を飲んで待っている。まさしくどちらが犬なのかという状態で。

 フードが二倍くらいの膨らみを見せる頃合で食欲を駆り立てる香りを子犬の鼻先へ置くと、

はふはふ。くちゅくちゃ。

必死に餌にがっつく子犬は自分の頭くらい盛られたご馳走を一気に平らげると三ツ星シェフが誇るジェノバのペーストが皿に残っているかのように可愛い舌でスカルペッタを行う。

「あまりお行儀よくないですね〜」

可愛く平らげる姿に姫依は完璧に堕ちて完全に締まりのない口元のまま注意した。

そんな事何処吹く風か。

無くなっちゃったけど……もう無いの?

そんな吹き出しが付きそうな顔で姫依を凝視していた。

姫依は一昨日までの寂しさからは開放されている。

柊家の実家では人が絶えず恭しく就いてくれる者もあったので一人で自室に居ても孤独だとは感じた事がない『幸せ』を日常だと感じていた——。

そんな事が今は懐かしくて、

それとは違う『幸せ』もあるのだと穂乃香と知り合い愛玩犬を飼う事で噛み締める事が出来ている。

穂乃香は、姫依が勝手知らない地でもちろん知人も居ない学校に転校してきた事でかなり気を使ってくれたのだ。多忙な毎日。CEOとしての業務の合間に連絡をくれたり、通学に慣れない彼の為に送り迎えをしてくれたり、中等部の学生として適当なお小遣いまで工面してくれている。今ではそのおかげもあり、姫依は学業に専念できる環境を手に入れ、僅かではあるが親友と呼べる学友にも恵まれたのだ。

「君もボクも、穂乃香さんの所に来て幸せ者だよ」

姫依は、目を細め慈愛に満ちた笑顔を子犬へと送った。

あの人に付いて行けば。きっと今以上の幸せを味わえるから。だから、大丈夫だよ。

子犬との触れ合いは、まずアイコンタクトから。

姫依の濡れた瞳はキラキラと星型に変わりそうな勢いで黒めだけの子犬と睨み合いテレパシーを送った。

そんな時。

穂乃香が行儀悪く玄関を勢い良く空け、ただいま、姫依〜などと甘えた声で駆け寄って、

「くっ! わたしのひらひらエプロン……めっちゃ似合ってるし……」

 お気に入りのダークスーツでパンツスタイル。ブラウスのボタンを三つ外し着崩して、一見近寄りにくい美貌をカチコチと硬化させている。

姫依は未だに子犬と同じお座りポーズ。それは少女に見間違う容貌で華奢な肢体にヒラヒラエプロン姿、三つ指立てて上目遣い。穂乃香には、映像演出が付くならば瞳は星形。サウンドエフェクトがあればキラキラと安直に演出され見えているのだろう。

次第に電気ストーブがじんわりとオレンジに灯るように穂乃香は頬を朱に染めた。

「……は、端ないですよ? む……胸元。空き過ぎです」

 姫依はブラウスの切れ目から覗くバストのなだらかに盛り上がりはじめる所の事を注意し、穂乃香に指を差して注意する事が出来ない為、自分のエプロンの胸元を少し摘み自分の胸元を指差した。 

「わ、わかった。お姉さんが悪かったから、その紛らわしい女性用のエプロンを取ってちょうだい。お願いだから」

釈然としない姫依は唇を尖らせ、わかったよ。と小さく呟き、

「大体、穂乃香さん。超が付くぐらい美人さんなんだから色々気を付けてもらわないといけません。中身は、おっさんだけど……」

後の方は蚊の鳴くような声でエプロンを脱ぎながら毒づく。

まだ少し顔が赤い穂乃香は、そんな姫依を眺めながら、

「聞こえてるんですけどぉ〜」

良く手入れされた長い垂髪を鬱陶しそうにかきあげ、我が家の愛玩犬の前で胡座をかきスレンダーなブルー&ホワイトのボディーを撫で回しはじめた。

「私が満足いくまで撫で回したらご飯食べに行くわよ。楽な洋服へ着替えてきなさい」

子犬の愛らしさに負けてか薄く笑いながらの命令口調。

は〜い。と目を瞑りながら返事を返してからエプロンを元にあった場所に戻し穂乃香の自室の隣にある姫依の部屋へ向かった。

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