小説「こはねとサンタクロース」3
こはねとサンタクロース 3
秋月十紅/著
……ひっ。
悲鳴が出そうになるのを寸前で押さえ込むと同時に一気にシーツ内に冷気がさしこんだ。背筋を凍らす程の冷たさは生命の危機に直面したような動物的緊張感を齎す。
幼少期の子供ながらそれを自覚した瞬間、とっさに剥がされようとするシーツを握りしめた。
「ったく、こいつシーツに包まってやがる……おい、おまえ! 速くしろよ」
漏れる光の隙間から、苛立つ悪魔の声とカバンの中を探る音が鮮明に聞こえた。
もはや両親の声は悪魔に魂を売り渡した廃人の声にしか聞こえない。
心羽は震える手でシーツを抑えもう片方の汗ばむ手で胸元のロザリオを握りしめた。
そんな時だった。リビングの置き時計から時報が鳴ったのは。
再び閉められたシーツ。
耳鳴りのように血液が鼓膜を打ち震わすのと混じって、
「時間だわ。折角ホテル予約したんだから行きましょう?」
「ああ。今度はじっかりと女の子を授かれよ」
あなたも女の子の種を出すのよ。と。半ば喧嘩越しで妖艶に囁きあう悪魔の声を残し心羽の部屋を後にした。
しばらくしてガレージの方から車の音がして家から出ていった事を悟り、
「夜更かしした罰だ……夜のオトナって悪魔になるの?」
桜色の小さな唇を微かに動かし虚空を眺め訪ねてみるが闇が幼声を飲み込む。
心羽はシーツを胸元までたくし上げ、虚ろな大きく濡れた瞳は、いつもの健康的に煌めく大きな双眸ではなく暗く墨色にペイントされたかのように光を失っている。
部屋に差し込んでいるはずの月光すら正確に感じる事が出来ないと思う程に。
心傷ゆえ、温度もろくに感じることが出来ないであろう肢体を必死に動かし今自分に起きた現実を探ろうとベッドから這い出た。
「パパ。ママ。サンタクロースは? プレゼントは何処?」
シーツに篭っていた分、夜目が効いた。心羽は床に降りても力無く四つん這いのまま『誰』かに問いかける。
ここは、只の事実として語りかける薄い光だけが差す自分の部屋。
光の存在しない空間が見える半開きになったままのドア。
もはや無人である処へ力を込めてリビングまで歩こうとした。
産まれたばかりのバンビのように細い足を震わせる心羽は、ドアまでたどり着けなくて、自分の足の半分くらいの固いプラスチックの筒で足を滑らせた。
「ちゅうしゃ? おくすり? ぷれぜんと?」
結局、尻餅をつく格好で半開きになったドアを恨めしそうに見つめるだけで、再びベッドに足を突っ込んだ。
ボクは、望まれなかった子だった?
いらない子だった?
それは、どういう意味なの?
こんなクリスマスイブになるんだったら無理して起きておくんじゃなかった。
シーツの中で再び膝を抱え蹲る心羽は、血液が鼓膜を叩く音が治まらない。
落ち着こうと思えば思う程に、震える膝がガタガタと全身を震わす。
心羽は、身体の揺れを少しでも抑えようと枕を抱きしめ、光を探した。
シーツの割れ目から月光がさして、宝物のように大事にとっておいた金色と銀色の折り紙が寂しく覗いている——
子供には、自分がどうする事も出来ない事態に直面すると自分を責める事しかできない。
心羽にはその時間がたっぷりと用意されていた。
闇でもがき、暴れた。
心羽のドールドレスは『乱暴に扱われたように』下半身のスカートはぐしゃぐしゃに乱れ、捲れ上がりドロワーズを履いた細く白い足が露に、上着もボタンというボタンは全て外れていた。
それから、一時間余り泣き叫び、嗚咽に苦しみ出した答え。それは黎明な答え。ようやく困惑した思慮に一段落できたのだった。
女の子になりたい……。
「これしかないんだ。そうでしょサンタのお爺さん……」
徐に掴んだ金色のサンタクロースに虚ろな目で問いながら、
ふと時間を見て乾いた笑いを見せ、心羽は糸で吊される人形のようにベッドから再び這い出て自分のデスクへ向かった。
『神様。一生、後生のお願いです。ボクを女の子にして下さい』
デスクの上には真新しい聖書。その一ページを毟り取り赤いペンで書く。
それをサンタクロース宛の手紙に同封した。
午後十一時五十八分頃を差している。
本当のクリスマスに間に合っている事に安心したと同じく急激に眠気が心羽を襲う。ふわふわする足を気合いで抑え薄くなる意識でメッセージカードを枕元の大きな靴下の上にそっと置いた。そして、心羽は力つき、羽根が舞うように柔かそうなマッドに身体を沈めた。
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