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小説「こはねとサンタクロース」7

「こはねとサンタクロース」7

 秋月十紅/著

コッコッコッ……

堅いフローリングの上、軽量の少女が童話の主人公のように優雅に可愛らしく歩く音。

それは、ダークブラウンのアンティークブーツから。

まるで木靴でも履いているかのような乾いた音が高い天井の廊下に響いている。

そして、そのブーツの音の主は豪奢なドアの前で止まり小さく回れ右。

「柊翔お爺様、橘心羽です。入っても良いですか?」

心羽は朝の挨拶を済ませようと柊翔の自室の前にやってきた。

厚い扉に力なくノックをしてから、ワインカラーベースのヴィクトリアン調の洋服を整えた。

「どうぞ……」

しわがれた老人の声と共に、静かに扉が開く。

いつもは、体重をかけて開けるはずの重い扉が今日は自動で開いた。

……お爺さんの秘書が扉を開けてくれたらしい。

その秘書は始めて見る顔。ぱりっとした濃い色のパンツスーツに細い光沢のあるネクタイ。

聡明そうな彼女は、堅い服とは裏腹に柔らかな表情を纏っている。そんな第一印象の彼女に、

「ありがとうございます」

深く頭を下げてお礼を言い、

「柊翔(しゅうと)お爺さま、おはようございます……では、また」

悪くいえば不躾、良く言えば寡黙に。上品に歳を重ねた年輩の男性に挨拶だけを済ませた。   

心羽は、バレリーナのように軸足を振れさせない美しさで踵を返し腰まであるミルクティー色の髪を翻した。

「心羽よ。学校は楽しいか?」

柊翔は心羽の髪の裾が落ち着くのを見図ったように声をかけ、軽く挨拶を済ませてからパイプを燻(くゆ)らす間を経て学校の事を訪ねてきた。

暫くするとパイプ煙草特有の甘い香りが細い肩口から漂ってくる。

無戸籍で育った心羽には、長い間学校に通った事がなかった。

あれから五年余りの月日がたった冬のはじまり、柊翔の尽力により戸籍が取れ晴れて学校に通えるようになったのだ。

「はい。想像以上に」

心羽は柊翔に背を向けたまま静かに、端的に答えて唇の端を上げ、くんくん。と大好きなパイプ煙草特有の甘い香りを吸うと、

「こらっ! こはねちゃん、未成年は煙りを故意に吸っちゃいけません! 会長も愛娘の前で煙草はお控え下さい!」

目敏く若いスーツスタイルの女性が突然声を荒げた。

秘書が第一印象通り、聡明に振舞い心羽の小さな頭にチョップを一発。続いて、柊翔のパイプを取り上げた。

簡単にパイプを取り上げられた柊翔は、一瞬絵に描いたように目を見開いたが、ひとしきり笑った後、値踏みする視線を秘書に向けた。

「茉莉(まつり)くん、君中々いい人材の様だ。心羽の事は先程話た通り、それを踏まえた上でお願いなのだが、しばらく心羽付きで働いてもらえないだろうか?」

「話しを摺り替えないで下さいますか会長! 幼年の娘を預かるって心構えが——」

 仲の良い親子のように言い合いが続く。

茉莉と呼ばれた女性は、ごく普通に心羽を叱っただけなのだが、たかがそれだけで。

ほぼ他人の者を自分の身辺に付かせてもいいのか? と一瞬過った。が、

心羽は、それを微塵も零さない鉄ついの聞き分けの良い子の表情を作り、手刀をくらった脳天を抑え蹲る姿勢のまま上目遣いで柊翔と柊翔とは孫ほど若い茉莉との会話を見守る。

いつもパイプ煙草の甘い香りがする柊翔には、逆らえない。

産みの両親から戸籍すら与えてもらえなかった心羽は、今幸せで不自由なく生活できているのはパイプを取り上げられたまま説教されてるお爺さんのおかげなのだ。

柊翔の発言は絶対。心羽の道を照らすといっても過言ではないからだ。

そんな思いが隠った視線を感じたのか茉莉は、不意に膝を抱え心羽を目線を合わせてきた。

「ねぇ、あなたはどうしたい?」

先程まで目上の者を気遣いながらきつく咎める声音とは打って変る、落ち着き凪いだ海を思わす爽やかに澄んだ暖色の美声が心羽の鼓膜を刺激した。

そして、目が合うと眩いものを見るように目を細める慈愛に満ちた笑顔。

茉莉の笑顔は、最高に視感度が高く温かな表情。容易に心羽の小さな心臓と瞳孔を焦がした。

「ど、どうって言われても……」

そんな優しい声音や表情にめっぽう弱く育った心羽は、ピクンと肩を震わし、もじもじと指先を重ねうわ言のように口籠りながら答えるしかできなかった。

耐えきれず目を逸らし、パイプを取り上げられたままの柊翔を伺った。

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