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小説「アウローラの美瑠と聡明なマセラティ」6

小説「アウローラの美瑠と聡明なマセラティ」6

秋月十紅/著

  *

美咲の絶妙なアクセルワークでギブリは加速。減速を繰り返す。

時折姿を見せるオレンジの街灯は優しく石畳の道を灯し、すれ違う車は殆どない。

木漏れ日のように差し込むオレンジの光は柔かいベージュ色の革と深い艶のあるウッドを照らし、中央の金時計は朧げに時間を示す。

そんな車中。低い排気音と微かに聴こえるエンジンの吸気音の他には、俯いた千佳と優しく微笑む美咲との囁きあうような息遣いだけが響いていた。

千佳の胸に詰まっていた異物は、マセラティの小夜曲によって摩られるように促され、

「やきもち? なのかな……一言で言ってしまえば。美瑠は『美の生る木は花から知れる』っていうか私の中ではそういう純粋で素直な『花』みたいな存在なんですよ。でもそれを一番理解しているのは美咲さんで……で、でも美瑠にやきもち妬いている訳ではないんですよ。何言ってるのかな私……ただ美瑠が子供として絶妙に可愛く立ち回っていて私には到底できない事を美瑠はあの幼さでやり遂げているような気がして……。私は、ダメ——。欠陥品なのかも。親の指し示す方向に流されて、わがままなのに素直になれなくて、達成欲があるのに他力本願で。目の前にある解決すべき問題にも手がつかなくて……。そんな状態でも美咲さんと美瑠を見ていると幸せに浸れる私が居て。反面、私である『千佳』を『それでいいの?』と責める波が押し寄せるんです。なんか意味不明ですみません……」

先刻、今さら何も変わる事がないのを知りながら両親に淡い期待を覚え他愛もない近況を話した。その時に感じた虚しさよりも、空回りした想いの中でも温かい会話をしてくれた事には感謝している。が、両親では答えは見出せなかった。

しかし、それの答えは両親が持っているものではないと千佳は気付いている。

そんな事を想いながら美咲に思い付く言葉を声に出してみたのだ。

マセラティギブリのエンジン音にのせられて、両親には無理でも親身になってくれる人には打ち明けた。

おそらく千佳にしかわからない言葉の羅列だと思ったが、美咲は嬉しそうに顔を綻ばせ、

「三回美咲って呼んでくれた——」

寒い小夜時雨れ並の湿った雰囲気が彼女の幼声とゆる〜い笑顔で吹き飛んだ。笑顔の後ろに花を咲かせるように、傷ひとつない綺麗な指を三本立てて、揺さぶって、

「——じゃぁ、三回言ってくれたから三隻の助け舟〜♪」

 ふざけたファンファーレでも聞こえてきそうな軽い調子で美咲はそのまま続けた、

「一隻目。人の思い。つまりこの場合千佳の心の葛藤よりも千佳を千佳として形勢するモノ全てで私は千佳から幸せを貰ってます。つまり抽出中! 現在進行形な訳。私は器用な人とか不器用な人とかそんなの関係なくて、ただ相手が自分にOKかNGかそこが大切!」

一隻目から皆目見当のつけようのない勝手気侭なハードルの高さ。

何だか分からないが、花を咲かせた笑顔で女として最良な形で自己肯定されたのだ。憧れている女性からの言葉だけに嬉しい。が、美瑠がふざける同じ笑顔で言うので図り知れない。

「二隻目。御両親との縁もあるけど、千佳は『親の指し示す方向に流され、わがままなのに素直になれなくて、達成欲があるのに他力本願で』と言ったよね……でも、何通りもある道を選んで私と美瑠に出会ったんだから。親の無数の選択肢の中から最終の決定は千佳がしているはずよ? それにいつかは親の指す道も無くなるんだし、その時まで勢いつけて惰性で人生駆け抜けちゃえばいい。勢いが足りなければ誰かに引っぱってもらってもいいんだしさ。今は見えている世界を精一杯生きていくだけで周りが道を勝手に造っちゃうんだから気にしてたら損だよ」

運転している者は口が滑らかだ。

美咲は時間をゆっくりかけて二隻目を出航させた。耳元で囁く睦言のように。

走るリラクゼーションルームと化しているマセラティのヘッドライトは明暗分け隔てなく照らし続け、

「三隻目。マセラティ。このブランドはね……特にデ・トマソ期のやつは。端的に言うと故障が多かったの、でもオーナーは見捨てずに個々の努力でそれを改善し自分に見合うスタイルを画一しているのよ。ショップで眠っているマセラティはどうだか分からないけど、今でもオーナーのついているマセラティはある意味新車以上の輝きを放ってこのギブリのように快調に走っているわ。それは故障一つない優等生なブランドでさえ及ばないものなのよ」

つまり、目標を心に秘めて真面目に過していると結果は後からのお楽しみ。良い悪いは回りが決める事。見守ってくれている人がいるから大丈夫という事。

千佳は、酷く簡単に整理してしまったが、

「ありがとうございます。社長の元で女磨かせてもらいます!」

結局の所、今目の前にある現実をこなして行かなくてはならない。

千佳は両手を胸元で握りしめ、吊り上げた眉はキリリと真剣さを美咲に伝えた。

「そんなにいきり立たなくていいよ。仁侠じゃないんだから……」

「でも! 親の勧めで始めたこのバイトも本職として考えてもいいなと今思えたのですから! ここはいきりたい所です!」

知らず鼻息荒げて美咲の上椀に手を添えていた。

「あんな人見知りが激しい美瑠を手なずける所以が分かるわ。『美の生る木は花から知れる』って千佳にもあてはまるわよ」

千佳は「ん?」と鼻にかかった声で不理解を伝え、そのまま眉を寄せてみる。

ハンドルをしっかり握りながら美咲はそんな子犬のような千佳をちらりと横目で見て、

「純粋で素直なのも負けていないわね」

まるで親のように美瑠と千佳を同列に並べようとする。

「茶化さないでくださいよ。昔年の悩みだったんですから……」

「綺麗な顏してるのに眉間にシワ寄せないの! 千佳には仕事でもいろいろ期待してるんだから頑張りなさいよ。仕事に対しての答えが出るまで何年もウチに居てもいいんだから」

美咲は、運転しながら人さし指で適格に千佳の縦に走った小さくシワを押してきた。

千佳は指圧されながら、その言葉に感動した。 

親以外からこのような激励を受けるなんて夢にも思わなかったからだ。

千佳はまだこの春に高校生になったばかり、与えられるのではなく何かを掴んでいきたいと、何かと真剣に向き合う為に行動したいと、それは先日の美瑠との連夜の演奏でも見つけだした答えだったではないか。

こんな優しい言葉をかけてもらえる環境にいる自分は幸せなのだ。と、イタリアまで来たのは社長の意向が強かったのかも知れないが、こんな良い環境に送り込んでくれた両親にもおぼろげではあるが感謝の気持ちが芽生えたのだ。

「おや? どうしたの千佳。にやけちゃって?」

「に、にやけてませんってば! 期待に応えよう思いを馳せていた所です!」

必死に抗議するものの急激に頬が赤くなる感覚が襲い、自分でも上気したとわかった。

精妙な人形のように微笑む美咲の操る真っ赤なマセラティギブリは、いつの間にかホテル近くまで戻ってきており速度を緩め、しだいに徐行への頃。

そんな美しく格好いい美咲へ千佳は苦笑いを返し、更に頬が染まる感覚に襲われ、たまらず俯いた。

車内にオレンジに煌めくホテルの街灯の灯りが差し込みだしたと同時。

低く呻くエンジン音とは別に熱したエンジンルームを冷す為、冷却ファンが回る音がした。

それは盛大に。マセラティらしく潔く轟音を響かせた。

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