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短編小説「tellurico……」

tellurico……  著/秋月十紅

 ここは海。凪いだ海。
 何処までもが遠浅の海。アクアアルタのようにどこか神秘的で浅く小麦色の砂と海水が煌く。太陽だけが賑やかに照りつけ、遠くで鳥が魚を啄ばむ宴が粛々と開かれている海。
 雪色のジャイロスコープに似た飛行艇だけが、破壊された船舶の欠片のように小さく波紋を広げ小さな波音を立てている。
『terra……』
 白い小さな端末からは短い電子音に続きテッラと呼ぶ。
 一面踝までしかない浅瀬。それに、淡く溶け込むかのように両足を浸ける少女テッラ。
 白いミニのワンピースに白いニーソ。それがニット地であるかのように体のラインを浮きあがらせ、妖艶に美しい少女を呼ぶ声が幾度となく告げられる中で、
 テッラは太陽を仰ぐ。
 小さく音をたてる首もとの大きなリングが、幼さの残る精緻な小顔でも小さく盛り上がる胸でも白桃のようなお尻でもなく、冷たく輝く。その銀色のリングはテッラの脇にあるヘルメットと一対である事が見て取れる。
 白く透き通る肌より僅かに乳白色のワンピース型宇宙服に身を包むテッラは、爽やかに前髪を揺らす微風に目を細め、両手を広げて微笑を浮かべて見せた。
 そんな白い妖精の彼女の頭上には、高く澄み切った青空が大気の存在を示し。いつかは成長して雨を降らす綿菓子のような雲が浮かんでいる。
 ここに緑があれば、若葉が芽吹き、可憐な花の蕾が緩ませるであろう春めいた日。
『terra……』
 複数回聴こえる聞きなれた甘い声は、心配そうにテッラを気遣う親友からだ。
「……平気よ」
 不安気に自分の名前を呼び続ける声に答えた。
『テッラ、どう? 下の様子は』
「気持ち良いよ? ファーチェも来たらよかったのに~」
 親友のファーチェは空(宇宙)から高見の見物を決め込んでいる。
 その屈託のない笑顔に乗せた返事に安心したのか、
『そう? でも、今日は自然と戯れているテッラを見るのに徹するのだ』
 きっと望遠カメラでアクアの妖精と化しているテッラを見ているであろうファーチェに、テッラは、昼間に輝く星を見つけ手をかざしウインクを投げかけた。そして、
「ファーチェ~何が見える?」
『……えっと、ウインクが見えたよ?』
「そうじゃなくて、何が見える? ……私の事アップしすぎ!」
 腰に手をあて、わざと偉そぶって再び質問を投げかけてみた。
『ブルーに染まった地球が見えるよ? ブルーだけの濃淡……』
 すべて海面に覆われた地球。緑を失い、地面を失った地球。
 テッラの立つ地面は、全て砂地。振るいにかけられた粒子の細かい砂地なのだ。
 「……うん。やっぱり、そうだよね」
 俯くテッラに、
『なんか、しんみりさせちゃって言いにくいけど……』
「分かってるよ。私の先祖の大地を持って帰ってあげるから」
 ファーチェは、申し訳なさそうに。でも、大胆にテッラの出生にまつわるこの地球のお土産を欲しがった。
 ジャイロに乗り込む時に見せた彼女の複雑な表情に笑顔を添え、すでに人も住んでいない地球に降り立ったのだ。
 浅瀬には温く温まった海水が人肌のように心地よくテッラを感傷的にする。
『そろそろ、戻らないとダメだよ?』
 曇った心を察したのかファーチェは幼年の子供のように、伺うように告げた。
「わかってる」
 言い終わるとテッラはジャイロのスイッチを入れ、縦軸と横軸が回りだす。
 徐々に機体が浮かんだ時、
 遠くで海鳥が鳴く声が聞こえた。
  エアーでドアが開く機械的な音と共にファーチェが出迎え、
「ただいま。ファーチェ」
「おかえりなさい。テッラ……」
 何故か同じ白いワンピース型宇宙服に身を包んでるファーチェが心底安心した顔で、
「……遅かったから心配したのよ……大地の欠片は? 」
 テッラは、安堵のため息をもらし肩をすくめるファーチェの背中に手を回し「ごめんね、心配かけて」と囁き「里心なんてついてないよ」と安心させた。
 夕食が終わり、入浴も済ませた二人の時間。
 掴めるだけの砂を握った小さな手を眺めてから、
「あの砂……あ、大地の欠片はどうするの?」
 星界のコレクターのようにあつい視線をぎらつかせた親友に聞いてみた。
「ん~ あの地球に緑を再生してあげたくて……さ、研究をしようかと思って」
 かわゆくファーチェは口元に手を当てながら目を眇めてみせた。
 はっとするテッラは、数秒も我慢が利かずそのままファーチェを押し倒して、
「優しいね、ファーチェ……大好きだよ」
 テッラよりも弾力のある双丘に頭を沈め、手足をばたつかせ「大好きだよ」と擦れた声を漏らした。
出来ない事はわかっている。
 でも。あの砂を掴んだこの白い手が少しだけ大きくなる頃には。

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