短編小説「夏の気持ち」
夏の気持ち 著/秋月十紅
「内臓が暑い……」
未楡は太陽のシモベと化したアスファルトを力なく眺めポツリと弱音を零した。
肩を超え背中まで届くふわふわの髪と、真白でフリルたっぷりのロング丈ワンピース姿の彼女は自宅前の往来に一歩踏み出せないでいる。
涼しかった聖地。空調が行き届いた自宅を離れる英断を迫られたのは幼年の妹の頑張り。
太陽の研究をするの。と自由研究に夢中の妹が可愛くて、アイスクリームをごちそうしてあげたくて。
「うっ……」
丸い日傘を広げ、躊躇しながら半歩。
アスファルトからは容赦なく太陽熱が、日焼け対策万全のひらひらスカートの中から駆け登ってくる。
とけそう……というより融解する……。
そんな暑さをヒシヒシと感じながらお目当てのモノを手に入れるためコンビニへ向かう。
街路樹の影を見つけては一休み、自販機を見つけては誘惑に苛まれつつ普段は自転車で軽快に通り過ぎるだけの通いなれた通学路。
未楡は、日傘の加護を最大限に受けながら時間をかけてゆっくりと歩いて行くと今まで気付く事のなかったものが見えてくるものだと気付く。
お気に入りのケヤキ並木の歩道。キラキラ煌めく木漏れ日の下。
街路樹道路と歩道の境目の雑草では、暑さに負けずに活き活き葉を延ばし小さな昆虫が忙しなく動き回り、目にも止まる事もない蟻の生活道路も目の当たりに出来た。
その脇に、いつ朽ちたかわからない木の枝や枯れ葉が揺れ今にも蟻の生活道路を寸断しようとしていた。
未楡は、お気に入りの真白なフリルたっぷりのスカートの裾を摘んで屈み自然災害を未然に防ぐと、
「優しいだろぉ〜蟻殿……」
小声で囁き、女神よろしく美顔を緩ませた。
まさしく牛が脇道の草に夢中になってしまう。というようなミチクサ実行中の彼女を我に返したのは一本の電話だった。
『遅いから心配になって……』
はっ。と息を飲み「あまりにも暑いから休み休み動いてるの」などと真剣に歩けば三分もかからないコンビニへ出かけたきり、なかなか戻らない姉を心配している可愛い妹へ言い訳じみた事を言いつつ安心させてみた。
「蟻殿達、枯れ葉には充分気をつけるのだそっ」
一心不乱に働いている蟻の脇にあめ玉を一つ置いてコンビニへ急いだ。
店内はいい感じに冷えており、ひんやりとした空気が火照った体を急激に冷す感覚を満喫しつつ、アイス売り場へ一直線。
「未楡!」
聞き覚えある快活な声音に急に呼び止められ回れ右。
まばゆい生脚を惜しげもなく披露しモデル顔負けのスレンダーさとカッコイイ容姿を兼ねた彼女は、肢体をなぞったようなTシャツの柄だけが疑問に思う幼児が描いたようなドクロ柄。
「奈津さん……こんがりやけちゃって」
見た目も、めちゃくちゃ元気よさそうな奈津が表情筋をフルに使って小麦色の笑顔を見せている。
「アイス買いにきたの? このアイス美味しかったよ」
奈津は、未楡の言葉を軽くスルーしアイスに手を伸ばした瞬間で振り向いてる友人に対してお勧めのアイスを指差している。
そっちは、ぶるじょわじー。
幼い妹には、お茶を濁してスイカバーファミリーパック辺りで片を付けよう。などと思いっていながら、
「あはは〜、私もこれ好きなんだ〜」
今日だけだからな。我侭に育つなよ我が妹よ。と心で握り拳で。
柄にもなく変な所で見栄をはって外国人が艶かしく宣伝する高級アイスを買う事にしたのだ。
「で、どこまでついてくるの? 奈津さん」
懐いた猫のように未楡の後ろを歩く奈津に、シャーっと威嚇した
久しぶりに顔を会わす彼女は、学校で出会う彼女より随分と大人っぽく見えて、少しだけ妬けた。
「未楡、少しだけ時間ある?」
「なぜ?」
奈津はそんな未楡を気にする事もなく。未楡と会えた事が嬉しいのか、今日は特別いい事があったのか時計を気にしながら聞くものだから、未楡は小首をかしげて疑問を投げてみた。
「あのさっ!」
大きな声をあげて未楡の前に回り込む奈津は、内緒話をする子供のように屈むよう催促した。
「わかったから待って……」
往来の妨げにならないように、真白なスカートに埃がつかないように屈むと、おもむろに手を窄めてから、
「悪いけど、日傘しまってくれる?」
太陽光のパワーがないと……などと週刊誌の雑誌の裏よろしくな独り言を漏らした。
奈津は目で、待ってね。と訴えている。
すると先ほど蟻殿達に施しを与えた場所が近い事に気付いた。まん丸い飴玉に沢山群がりまるで——
「未楡! 見て!」
激しく興奮した彼女の声につられ地面を見ると、
窄められた手の輪の影が考えられない事になっている。
影が欠けている!
いや、そうではない。彼女の手から作られている丸い光には、三日月の影ができているのだ。
奈津は満足げに頷く。蟻殿の近くをみると無数の三日月が見えていた。
「今日は部分日食なんだ♪ この日だけはとてもミステリアスなんだ。アイス解けるよ?」
奈津は言いたい事だけ言って、お姉さん未楡である事を思い出させてくれた。
待ちきれず玄関で待っていた妹は、走りにくいロング丈のスカートを翻し全力疾走で帰ってきた未楡に飛びつき小さな穴のあいた画用紙を見せた。
「アイス食べながら見ようか」
*
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