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夜を抱える人達の日向であって下さい。2

著/秋月十紅


  *

 

玄関を開けた瞬間に手が迫ってきた!

「おかえり! ひなたっ眼鏡とっても可愛いねー」 

瞬間、熱い抱擁と共に頭を撫で回された。

「お・い・か・え・す・よ?」

……子ども扱いして!

そんな扱いされなかったら素直に甘えられるのに。

「お腹減って機嫌悪くしないでよー」

ビールとピザと大きな紙袋を持ってリビングへ行き紙袋を置いてキッチンへ向かう。

部屋にえりこお姉さんの甘い香りが拡がっていく。

えりこお姉さんは、ボクが両親を亡くしてから、ときどき様子を見に来てくれるやさしいお姉さん。

今日はワンピースを着ていて、シンプルなブラック系の生地にアッシュブラウンのフリルが襟元と胸元に、それとスカート部に三段付いている。えりこお姉さんらしい甘くて素敵な服。

その上に花柄のエプロンを着て手際よく食事の用意をする。

「後で頼みたい事があるからピザ焼けるまで座ってていいよ」

 キッチンからやさしい声が届く。

タダでやさしい気持ちと食事にありつける訳ではなく食事が終わると「練習」が待っている。

カットの練習に付き合うとバイト代としてご飯をご馳走してもらえる約束事がある。

そしていつもの様にボクは学校の事を。えりこお姉さんは、二階のテナントの綾乃さんの事、今日カットしたお客さんの事を身ぶり手ぶりで話してくれて楽しく食事が進んでいった。

 

家で滅多にできない楽しい食事の代償として、えりこお姉さんに時間を預ける。

えりこお姉さんは星を浮かべた様な潤んだ目に、子供が悪巧みをする様な嬉しさを隠しきれない笑みを浮かべている。

そんな小悪魔お姉さんを横目に見ながらお気に入りのアームチェアーに座って待つ。

 ほんのり桜色の頬をしたえりこお姉さんは、雪のように白く細い手を大きな紙袋に入れ手早く練習用のウイッグを取出しカットの準備をしていく。

「ボク、慣れないよ……それ」

目の前にさらさらしているボクと同じ蜂蜜色をしたウイッグを凝視しながら言った。

さっきから長い髪の自分を想像してしまって恥ずかしくて、耳まで赤くなっていると思われるボクの顔をチラチラ確認しながらウイッグを慣れた手付きで被せてくる。

絶対に、楽しんでる目だ。瞳孔が星形に見えてますよ?

「はいはい、ピザ食べたんだから大人しくおもちゃ……あっ……カットの練習モデルになりなさい!」

「今、おもちゃって言いましたね? ……それに……てっ手に持っている口紅は何ですか! 化粧までするのは何故ですかー?」

 口紅の先端から出てくるえりこお姉さんのくちびると同じ色のピンクに集中しながら突っ込む。するとえりこお姉さんの潤んだ目に恥ずかしさで赤面した顔のボクが写ってしまうくらいの距離まで近付けてきて(ドキッ)とする程とっておきの真面目な顔を作って、

「……雰囲気って大切なの。お客様と本当に思いを一つにしてお客様のイメージを形にする。素敵な事でしょ?」

 素直に頷いてしまいそうな事を言う。

「はい! ソコーおかしい。おかしいよ! 雰囲気と思いがって言葉が! まったく話があってないし! それにビール飲んで練習? おかし……んっ」

迫って来る口紅を寄り目になりながらも睨み続け先端に触れるまで頑張って抗議した。

ビールを飲んでるのに止めなかったボクの唇に先っちょが触れたとき、そんな抗議なんか聞く耳持たず小悪魔的に微笑を浮かべる。えりこお姉さんは目を細め広い二重と下瞼をぷっくりさせて「くちびるをちゃんと閉じなさい……んっ」最後の言葉の「ん」に負けて唇を少だけ閉じてボクも声が漏れた。

ボクは……目を瞑る。

そっ……そんなにやさしい声を出されたら従うしかない(流されてしまう)じゃないですかぁ——……

「んっ……」

 目を瞑る事によってくちびるの感覚が増す。

 首元にえりこお姉さんの甘い吐息を感じながら、ボクのくちびるはピンクの先っちょに弄ばれる。

「っん。ひなたんの出来上がりぃー」

「さっ……さっさと済ましてださいね! ピッ……ピザを時間に換算すると十分です! はじめてくださひぃ!」

恥ずかしくて真直ぐにえりこお姉さんの顔を見れず明後日の方向を見て強情に大きな声で言ったけど噛んだ上にうわずった声を響かせてしまった。

内心、背徳な思いに苛まれながらも恥ずかしくて心臓を打つ速度が早くなる。

でも、我慢してえりこお姉さんの練習モデルになってあげる事でもっと上手いスタイリストになって欲しいと素直に願うボクも居るので今日は……今日の所は……と思う事にして目を閉じて成すがままになる事を選んだ。

カシャ……シャラッー…………

カシャ……シャラッー…………

 カシャ……シャラッー…………

リズミカルにハサミの動く甲高い音とウイッグの髪が落ちてナイロンのエプロンに擦れる音に支配される。

そんな音を聞いているとお腹も膨れているので……ここち……いいです——……

*

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