« 夜を抱える人達の日向であって下さい。11 | トップページ | 夜を抱える人達の日向であって下さい。13 »

夜を抱える人達の日向であって下さい。12

著/秋月十紅


  *

 

可愛らしい彫刻。

洗面までも凝ったタイル張りが施されている。

レースのコサージュとフリルが付いたキャスケットを深く被り、アッシュ系ブラウン地のチュニックワンピースを着せられ赤茶色のロングブーツを履く。腰下には三段フリルとベルトが付いて、その隙間からは艶やかな膝、さらさらツルツルの白い太股が白い豪奢な飾り付き鏡に写っている。

ボクは、トータルにコーディネイトされて、素直にカッコよくて可愛いかも……この服。  

なんて冷静に分析してしまう。

 でも……バレるからって女性トイレに押し込める事ないのに!

手荒い場の大きな鏡の前で服を整え、唇でハンカチを摘み手を洗う。

最後に手を拭いて、お気に入りのブルガリ・ブラックの香水を腕につける。

すると外から複数台、独特なサウンドを奏でながら近付いてくる車の音に気付く。

金属の楽器の様にあたたかな音色の心地よいアルファサウンドを響かせるアルファロメオRZ。次に、少しモーターみたいなどこに居てもインテグラーレだと気付く独特な癖のあるサウンド。続いて、盛大なファンの音と低く妖しげなエンジン音を騒ぎ立てるマセラティのサウンド。

それぞれボクを待ちかねた執事の様に誘いが来た。

「なんか子供の頃を思い出しますね」

鏡に写る女性に呟く。

両親に連れて行ってもらったイタリア車のオフ会を思い出した。

……いろいろな車に囲まれ。

……いろいろな音に包まれ。

……いろいろな色に形に景色を楽しんだ。

いろいろな人に出会いましたね。仲良しでしたね……ボクたち。

……かーさま、とーさま今頃何してるんですか?

空の上で車好きを集めて集会でもしてそうですね……

さっと目もとを拭い、可愛いポーチにハンカチを押し込む。

そして、待っているであろう三人の姉妹目掛けて駆け出す。

 

 *

 

「あ……あれ? 名札がない……もしかして!」

 ぱたぱたとフリルで膨らんだ制服のポケットを探っていると赤い集団から声がした。

「めいみちゃ〜〜ん」

お手洗いの近くで名札をひらひらさせ先程のギブリのお姉さんが自分の名前を呼んでいる。

「あっ!」

真っ赤なヒモの首掛用名札を見て、自分のだと気付き歩き出す。

そして、ギブリのお姉さんの前に停めてある二台に目がいく。

 ザガード! アルファロメオRZ! 

 ランチア・デルタ・インテグラーレ・エボルツオーネ!

 お姉さんのマセラティ・ギブリ! 

イタリアの名車が縦列駐車されている!

心で叫んだ瞬間。

「コ……ココはイタリアの芦屋!」

神戸の高級住宅街とイタリアとはまったく無関係なのに絶叫し走り出した。

全力疾走で。

 

 ロングブーツでわざと踵からタイルを叩き付けて乾いた音を響かせる。

フリルの付いたワンピースのスカートを翻しながら。

爽やかな最高の笑顔を作り出て行く。

「お待たせしました! ……わっ!」

(……イタリアの芦屋!)という絶叫が耳元で聞こえたと思ったら暗転————

目をあけると真っ青な青空……?

天高くにさらっとした雲が浮かんでいる。

逆光で顔が良くみえないけど……

誰かの四つん這いスタイルの下にボクがいる?

………………

ボクがトイレから飛び出したからぶつかったのか?

お尻がジンジンします。

まったく状況が出来ずにお尻の痛さと空に浮かぶ儚い形だけが理解できた。

「痛いです……」

「イッ……しっ失礼しました!」

 衝突したと思われる人がいそいそと自分の服を整えて、片手で頭を抑えつつもう片方の手を差し伸べてくれている。 

ボクは、少しスカートがめくれ上がり白い太股がかなり股の中央めがけて露になっているのに気付く。

わっ! 

手早くスカートを摘み下げてから差し出された手に甘える事にした。

恥ずかしいよ〜! う〜……恥ずかしいじゃないですかぁぁ。 

「ボ………私こそよそ見を………………してて………ですね………」

どこかで聞いた鈴を転がした様な声に、耳を疑う。

疑問が確信になり火照っていた顔が一気に覚めて行く——

「あっ」

 長い沈黙。見つめあって暫くして、手を差し伸べてくれた女性が短く声をあげた。

「ひぃ!」

ひぃぃぃ! 隣のクラスのクラス委員長!

多分蒼白な顔になってしまっているかも知れないが取りあえず手を握った。

「あっあの……何処かで?」

気付いてない隣のクラスのクラス委員長の芽美ちゃんが記憶をたどっている。

そのまま手を握りあいながら、二人硬直した。

「うっ……いいえ」

 芽美ちゃんじゃないですか!

取りあえず手を借り立上がる。

「それより、慌ててた様子だったけどどうかなされましたか?」

注意をボクに向けない様に話を切出す。

どうしようどうしようそうしようどうしよう!

限り無く思考が狭くなった頭をフル回転。

 えりこお姉さんは、すごい勢いで芽美ちゃんと繋がった手の間に割り込んできて心配そうな目を向けてくれた。

「大丈夫?」

えりこお姉さんはボクを。綾乃さんは芽美ちゃんに怪我がないか確認するように砂を払ってくれている。

ボクの洋服についた砂を払いながら、なんかお人形さんみたいな格好をしている芽美ちゃんを睨んでいる……?

「いきなり呼んでごめんね。それとうちの姫が飛び出してごめんね!」

唯ちゃんは、芽美ちゃんの手を取り「はい。名札」と屈託のない笑顔で名札を手渡す。

そして、ボクのキャスケットを力一杯押え頭を強制的に下げる。

もう一度「ごめんね」と言ってから唇をボクの耳に近付けてくる。

「……何いちゃついてるのさっ! あの子も取るの?」

いちゃついてる? あの子って芽美ちゃん? も? 

耳の傍で機嫌を悪くする唯ちゃんは、ボクの耳に吐息を吹き掛けペロッと舐めていく。

「あっくぅ〜」

身を引きガクッ膝の力が抜けた所をふわふわの良い香りがする、えりこお姉さんが後ろから支えてくれた。

何の事? いちゃついてませんよ?

まだ、ぞくぞくする耳を押さえて悩む。

「唯!」

 一層、えりこお姉さんのやわらかな胸が押しあてられ頭の上から声がする。

「えりこは手を繋いでたのが羨ましかったんでしょ?」

 言った後舌を出して芽美ちゃんの方へ歩み寄って行った。

「もうっ!」

ギュっと再びやわらかな胸が押さえつけられ、温かいぬくもりがじんわり背中に伝わってきた。

何に怒っているのか聞けずにいたけど、背中のぬくもりが気持ちよくて体を預け二人の様子を眺めた。

「名札ありがとうございました。それに……」

ボク達から離れて行く唯ちゃんは、芽美ちゃんと機嫌を取り戻したように話し始めた。

あっ!

万が一知り合いに遭遇した場合のサインを皆で考えていたんだ!

 必死に思い出す———— 

「あの……ちょっ……」

 思い出したけど恥ずかしさで押さえ込まれて、うまく口をに出来ない。

「めいみちゃん! よかったらアルファロメオとインテグラーレも見て行こうよ!」

 言葉を遮って芽美ちゃんを案内する唯ちゃんは車の方へ行こうとしている。 

 この隙に、えりこお姉さんと綾乃さんだけにでも秘密の暗号で知らせなければ!

密着したままのえりこお姉さんを振り返って、そのまま抱きかかえるようにして綾乃さんの傍まで駆け寄る。

「何? どうしたの?」

「ん?」

 二人が突然の行動にびっくりしている。

ボクは半歩さがり自分でも分かる位に熱くなっている。体に鞭を打って二人の服の袖を小さく摘む。

い……言わなければなりません!

くいっ…… くいっ…… 摘むんだ手を小刻みに引く。

『ちょっ……ちょっとだけなら悪戯されてあげてもいいよ♡ ……お姉さん』

冷静な判断が欠如している者しか絶対に口に出来ない事を言った。

………………長い蜂蜜色の髪の毛が絹のように風に舞い、だらしなく口をあけた二人の顔を見比べて恥ずかしさの渦に飲み込まれる。

い……言ったよ? …………さぁ早く遠くへ連れてってよ!

足の先から頭の天辺まで電気を帯びたような恥ずかしさで体が震えてる。

「「…………ほんとうに?」」

ぐるぐる目を回すボクの両腕を二人に力強く捕まれ問われた。

羞恥心に犯されたボクの耳には、遠くで囁く言葉に聞こえた。

 






WEB拍手です。また、クリックしてくださるだけでも嬉しいです!

  

|

« 夜を抱える人達の日向であって下さい。11 | トップページ | 夜を抱える人達の日向であって下さい。13 »

小説「七夜ひなたの……」」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 夜を抱える人達の日向であって下さい。12:

« 夜を抱える人達の日向であって下さい。11 | トップページ | 夜を抱える人達の日向であって下さい。13 »