« 夜を抱える人達の日向であって下さい。28 | トップページ | 夜を抱える人達の日向であって下さい。30 »

夜を抱える人達の日向であって下さい。29

著/秋月十紅

 

精妙な雰囲気をを持つひなた。

蝋燭の尾灯は妖艶さを強調している。

……末恐ろしい娘。

持って産まれた。母親譲りの可憐さにそう思う。

さて、恒例のクジと行きましょうか。

 ホール係が来るのを察知して皆に言う。

「さて、お会計は誰かな〜」

「プリオの名パティシエが腕を振るいました。ヴァニラ・ショコラ・カフェ・シトロン・コンフィテュールをご用意させて頂いております。一個だけパティシエ特製がございます」

言い終えるとグラス一杯の水とナプキンが置かれた。

「オーナーに見抜かれないように作りました。と自信気に申してました」

 ホール係がひなたの方を向きパティシエの言葉を伝える。

真っ白い上品な皿に、こんがり焼かれたマカロンが五つ用意される。

表面はツルッと艶やかな光沢があり、ひなたはパティシエの挑戦の言葉も聞かないで今にも食らいつきそうに目を輝かせている。

ここのマカロンは、サクサク感が楽しめる様にベースを薄めにつくられ中は、クリーミーで甘過ぎない上品なクリーム・ジャム・ピューレが挟まれている。

「ひなたさん! 目がぐるぐるしてますわ!」

芽美にとっては、この家族でいる時の素でいるひなたが見れて驚いている様子だ。

芽美が外れを引くと割勘。その他は、各事業所の経費で……という仕組み。

至ってシンプルであって、他愛も無い。普通に考えると面白く無い事、でも。

特にひなたを家族として接する事を前提としたこのメンバーにはこの他愛さがつながりの深さを感じさせている。

お客人である芽美が一番先にショコラを選ぶ。

残るメンバーは、プリオのネームカード四枚に予め一〜四を記入する。

それを芽美をに持たせて時計周りにカードを引き順番をきめる。

 香りでは判らないが、どれかにアラビアータで使われるハリッサが仕込まれている。

 ここのハリッサは激辛なのだ。 

「負けないわよ……ふふっ」

香りを確かめるけど、諦めたように無難なヴァニラを選ぶ。

次はひなたの番。

「ボクにマカロンを選ばすと右に出る者はいませんよ?」

寄り目になり真剣に選んでいる。

そして、コンフィテュールを選ぶ。 

「はいはい、私は左から抜くよ? 私はシトロンをっ!」

「残りのカフェを……」

 そしてえりこが残りのカフェを選ぶ。

 この家族の新入り挨拶として芽美が音頭をとる。

「え〜皆様、ごちそうさまでした。大変楽しかったですわ。これから末永くおつきあいください。それでは……みなさん一口でお願いしますわ」

芽美は、マカロンをマイクに見立てて挨拶と音頭をとる。

「…………ふふっ」

「…………最高ですわ」

「…………おおぉ〜」

美味しい!

カリッとした外側の触感を味わい、中のトロリと溶けるクリームは甘いレモンの香り。上品なお菓子にハマるひなたが分かる気がした。

「わたしも、大丈夫だったわ。ひなたは?」

「……」

……パタン

ひなたは蜂蜜色の髪がさらさらと舞いテーブルに頭をぶつけた。

口元から少し辛そうなハリッサが覗いている。

ちょっと可哀想。

「それじゃ、ひなたオーナーお願いします」

してやったり顔のホール係り。

「ご……ごちそうになりますわ」 

芽美は、申し訳なさそうな顔をひなたに向け辛そうな口元を見ている。 

「だっ大丈夫? ひなたっ!」

 グラスを差し出し飲めないのなら私が口移しでもする勢いで、えりこはひなたの様子を伺っている。

「……苺のコンフィテュールの香りに騙されました」

ひなたは、小さい舌をペロッと出して言う。

もちろん辛そうなものを口にした舌で。

「……と言う事は、初めからプリオオーナーとパティシエはひなたさんの好みを知っていて、支払わせようとしたわけですのね」

聡明な芽美が口にしてお開きとなった。

 

 プリオオーナーとパティシエにお見送りされ、店から出てきた。

 すっかり夜の喧噪に包まれ、イタリアの古城をモチーフにされたファサードもアッパーライトによって石の陰影が芸術的に浮かんでいる。

「では……お姉様方、ひなたさんごちそう様でした。大変楽しかったですわ」

 芽美は、優雅にお別れの挨拶をしてから黒塗りの車へ向っていく。

 黒塗りの車のドアが開くとワインカラーのキルティング加工のようなステッチが入った皮張りの内装が朧げに灯った。

「へぇ〜あれベントレーですね」

たしかコンチネンタルだったような……

さすが、ひなちゃん。親父さんの車バカも遺伝されてるの?

ひなたは、えりこの手を引いてベントレーまで芽美をお見送りに行ってしまった。

えりこ達とすれ違いで、ベントレーの運転手に挨拶に行っていた綾乃が帰ってくる。

綾乃は上品に大人らしく、芽美の家の方と挨拶をこなしていた。

「やっぱり良い所のお嬢さんだったんだ」

私は、綾乃の隣に立ち告げた。

綾乃は、当然の事だけど誘う前に芽美ちゃんとは別に家の方へ連絡していた。

もちろん帰る前もキチンと連絡を取り合っていた。

「あの腰の低い奥様、桜庭の社長よ」

「あの様な人の元で育てられているから、素直で可愛い子が育つんだね」

若そうに見える奥様が遠くで会釈をしているのが目に入り、慌てて自分も会釈を返す。

普通に考えたら自分もキチンと挨拶が出来て当たり前の社会人なのに私は何も気の効いた事が一つも出来ていない気がする——……

「うちのひなたも、まっすぐ良い子に育ってるよ! ふふっ」

 気を使う様に綾乃は言い、私を励ますように背中にやさしく触れてくる。

ボーっと綾乃を見ていると、もちろんそうだ。と思う。

「仕事面でひなたは、とっても唯に憧れているから自信持ちなさい」

綾乃は、真剣な顔で言ってくる。

もしかして、顔に出てたのかな?

「それから…… 唯の気が回らない部分があっても私がフォローするから。こんなことでいちいち悩まないこと! いい?」

かなわないな……綾のん。

お姉さん振る綾乃へ猫撫で声を出す。

「じゃあ、今晩綾のんの家で飲んでいい?」

「ふふっ……嬉しいけど、調子に乗らない!」

私達は、しばらく駐車場で手を振り盛大にお見送りするひなたと横で軽く手を振るえりこを見ながら。 

「ますます綺麗になって行くね。ひなたもしかしてオンナノコじゃない?」

「さすがデザイナーさん。想像力豊ね♪ ……もしかしたらそうかもよ?」

綾乃は、茶化すように言うと優しく微笑みかけてくれる。

そういえば、うちの元社長(ひなたの親父)の奥さんと幼馴染みだったと昔聞いた事があった。

「そんな現実があっても、ひなたを見ていると不思議と受け止められるかもね♪」

 私は本音を口にした。

「しっ……戻って来たわ。この話はおしまいね。ふふっ」

指を立ててウインクしてくる。

——……そうだね。いつも笑ってるけど本人はかなり気にしているみたいだから。 

「何二人話してたんですか?」

「あれ? えりこは?」

「暖気じゃないの? ふふっ」

「そうです……あの唯ちゃん金曜日の夜のバイト芽美ちゃんも一緒でいいですか?」

「駅前の百貨店の装飾?」

金曜日のアルバイトの予定は、一部夏のディスプレイに入れ替える閉店後の作業だ。

セールや催事・ディスプレイの入替えの現場にうちのデザイン事務所が監修として入る契約をひなたの親父さんの代から受け継いでいる。

私は、現事務所の社長(ひなたの叔父)からひなたの事は一任され事務所の雑務と現場にも時々アルバイトとして来てもらっている。

私は、綾乃に助言を貰おうとしたけど、さっきの『仕事面でひなたは、とっても憧れているから自信持ちなさい』と言う言葉を思い返しひなたの目をジッと見て言う。  

「夜遅いよ?」

「芽美ちゃんが言い出したんです。今晩のお礼もかねて。お母さまも快く承諾しておられましたし、いいですよね?」

 ひなたは、さらさらと前髪を揺らし長い睫毛に大きな双眼で真剣に見つめ返答を待っている。 

「まぁ、二人とも私のカワイイ後輩だから何とかするわ! 任せなさい。社長には私から話しつけるから」

「ありがとうございます。何とかお願いします! そう言ってくれると思ってOKだしてしまっているので、よろしくお願いしますね……あはは」

屈託のない笑顔とブルガリ・ブラックの香りを残し、えりこの運転するランチア・デルタ・インテグラーレに乗り込んで行った。

「ね? 期待に答えてあげなさい。唯ちゃん」

「わかってるよ」

綾乃は長い髪を掻き揚げ目を細めると「うん」と優しい声で頷いてくれた。

そして、フィガロへ向かう。

フィガロへ到着すると早速、幌を全開にしてエンジンを掛け足元へヒーター全開にしている。

ひんやり冷たい革シートに腰を降ろし、エンジンの音を聴く。

「ご褒美に、飲みに連れて行ってあげる。ふふっ」

「かなわないな……綾のん」

若くても社長なんだ。人を良く見てるね。

綾乃の綺麗に延ばされた髪を一摘み取り、人さし指で弄びながら感心する。

「……調子に乗らない!」

「うん。些細な事でも綾のんに褒められると自信がつくよ」

「頑張りなさい。当たり前の事が当たり前の様にできるには年齢を重ねても出来る事じゃないし、唯の様にそれに気付く人だけが常識を教わる事が出来る人と思うから褒めたんだよ」

綾乃は珍しく批判的な事を口にしている。

私も社会人になって、大きな仕事も任される様になってきたけど、一般的な常識と言われる事に関してはまだまだ勉強できていない。

「…………」

「えりこに学生の時言われてたんでしょ? デザインを職業として選ぶ時自信が持てなくてずにいたら『焦らなくていいんだよ。一日一個だけ覚えれば一年で三六五個覚えられる』って、あの子本当に唯の事が好きだったんだと思うわ」

「うん。その言葉のおかげで今の自分がいると思う」

 将来に不安を持ちデザインを生業にできるか迷っていた時に言ってくれた思いのこもった言葉を思い出した。

……言葉通り簡単ではなかったけどその時確かにえりこに黎明を告げられた思いになった。

 

 

 


WEB拍手です。また、クリックしてくださるだけでも嬉しいです!

  

|

« 夜を抱える人達の日向であって下さい。28 | トップページ | 夜を抱える人達の日向であって下さい。30 »

小説「七夜ひなたの……」」カテゴリの記事

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 夜を抱える人達の日向であって下さい。29:

« 夜を抱える人達の日向であって下さい。28 | トップページ | 夜を抱える人達の日向であって下さい。30 »