小説 「こはねとサンタクロース」

小説「こはねとサンタクロース」1

こはねとサンタクロース

秋月十紅/著

「今年こそサンタさんに逢っちゃうんだ」

雲一つ浮かばない青白い月光が天に。今夜はクリスマスイブ。

その天から神秘的に照らす先には——。

ドールハウスのようでロマンチックなお姫さまが眠っていそうに華飾された部屋で心羽(こはね)は五歳のクリスマスを迎えようとしている。

枕元には、両親が心羽の為に夕食時ささやかなクリスマスパーティを開いてくれて時に着せてくれた女の子用サンタクローススーツが綺麗にたたまれ枕と並んで置いてある。

心羽の両足が入る位の大きな靴下も忘れずに。

その靴下には、二十五日の朝には毎年プレゼントを贈ってくれるサンタへのお礼と願いを込めた歪ながら大切な金色の折り紙で折ったサンタクロースと銀色の折り紙で折ったトナカイが付いたメッセージカードが添えられている。

心羽は一目サンタに逢ってみたくてフリルたっぷりのサラサラシーツの中で、バタバタと手足を動かしたりグリングリンと頻りに寝返りを打ってみたりしてサンタの登場を待ちわびる。

今晩訪れるという赤い服のお爺さんに思いを馳せながら。

 遊びに行きたいのを我慢した。

夕方まで昼寝をとった。

小さな指を一つ二つと指折り準備して来た事を思い返す。

……そんな時だった。

微かに心羽の部屋に近付く足音がしたのは——。

『今日は早く寝るから』と和やかに話した両親はもう自室で寝ているはずなのだ。

心羽はそっとシーツを頭まで被り、バタバタと暴れた所為で乱れた両親から買い与えられたビスクドールが着ているようなひらひらのパジャマを整え身繕いをする。

こんな深夜まで起きている事が未知の体験。これから起こる事も当然。

サンタとの御対面に胸を膨らませ、薄い胸に手をあてながら深呼吸をした。

今はもう眠さよりも好奇心が勝ち、一種の興奮状態の中。

複数の足音がドアの前で止まり、

……カチャ。

ドアが開いた瞬間、シーツの中でとっさに手で口を塞いで息を殺し、ぎゅっと目を瞑り『ボクは良い子です。良い子がここで寝ています』とサンタへ訴えかけながら迎える心づもりを加速させた。

部屋に入ってからはあまり足音を立てずに近付く二人のサンタはベッド際まで近付いて来る。

お爺さんと聞いているので驚かさないように、そっとシーツから抜け出しメッセージカードを手渡そうとした瞬間——

母親の不機嫌そうな声がした。

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小説「こはねとサンタクロース」2

こはねとサンタクロース 2

秋月十紅/著

その不機嫌を引き継ぎ父親の声も。そして、不可解な会話を始めた……。

「寝たかな? この子」

「ああ。顔はお前に似て可愛いのに。なんで女の子じゃないんだよ」

ここはドールハウスのように華飾された部屋。天涯付きのベッドの中央には我が子が眠る。その枕元で。

舌打ち混じりに自分の子供の性別について話される。

……なんで女に産まなかったんだよ。

……そんな言い方するんだったら、産まなければよかったわ。

……名前とか服装で女の子に見せてもいつかは限界がくるだろうな。

……そうね。でも寝ている間にホルモン注射してるから身体と声だけはそれなりには

……投薬も続けているだろうな。

不満を漏らす声が、聞きたくない、拒否したい内容なのに自分の耳は一語一句漏らさず拾い上げた。

暗転。

暗転とはこの事なのだろう。

シーツ越しに感じていた青白い月光は青白さを失い急に墨色にくすむ。

今までサラサラ感じていたシーツは鉛の塊のように重くのしかかり手かせ足かせのように小さな身体に纏わりつき溶けかけの鋼のように熱く身体を焦がした。

ボクは……なに?

理不尽な叱責がシーツ越しに続く。

暗いシーツの中。ぼやけ霞んだ布越しの声は酷く鋭利な刃物と化し何色にも染まらない心を容赦なく刺す。

注射? 投薬?

次々と出て来る理解出来ない言葉が心羽を夢と現実の垣間を彷徨わせる。

「今晩も注射打っておけよ」

野獣のように低く唸る父親の声。それと同時に母親が自分のカバンを探る無気味な音が聴こえた。

心羽は注射を拒むように華奢な腕で小さな胸を抱え、膝を丸めて怯える。

ごめんなさい。

ごめんなさい。

誰となく謝りの言葉を念じ、神に祈りを捧げた。教会で覚えたての祈りの言葉を必死に思い出しながら。

刹那。

シーツの隙間から光りが差した。

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小説「こはねとサンタクロース」3

こはねとサンタクロース 3

秋月十紅/著

……ひっ。

悲鳴が出そうになるのを寸前で押さえ込むと同時に一気にシーツ内に冷気がさしこんだ。背筋を凍らす程の冷たさは生命の危機に直面したような動物的緊張感を齎す。

幼少期の子供ながらそれを自覚した瞬間、とっさに剥がされようとするシーツを握りしめた。

「ったく、こいつシーツに包まってやがる……おい、おまえ! 速くしろよ」

漏れる光の隙間から、苛立つ悪魔の声とカバンの中を探る音が鮮明に聞こえた。

もはや両親の声は悪魔に魂を売り渡した廃人の声にしか聞こえない。

心羽は震える手でシーツを抑えもう片方の汗ばむ手で胸元のロザリオを握りしめた。

そんな時だった。リビングの置き時計から時報が鳴ったのは。

再び閉められたシーツ。

耳鳴りのように血液が鼓膜を打ち震わすのと混じって、

「時間だわ。折角ホテル予約したんだから行きましょう?」

「ああ。今度はじっかりと女の子を授かれよ」

あなたも女の子の種を出すのよ。と。半ば喧嘩越しで妖艶に囁きあう悪魔の声を残し心羽の部屋を後にした。

しばらくしてガレージの方から車の音がして家から出ていった事を悟り、

「夜更かしした罰だ……夜のオトナって悪魔になるの?」

桜色の小さな唇を微かに動かし虚空を眺め訪ねてみるが闇が幼声を飲み込む。

心羽はシーツを胸元までたくし上げ、虚ろな大きく濡れた瞳は、いつもの健康的に煌めく大きな双眸ではなく暗く墨色にペイントされたかのように光を失っている。

部屋に差し込んでいるはずの月光すら正確に感じる事が出来ないと思う程に。

心傷ゆえ、温度もろくに感じることが出来ないであろう肢体を必死に動かし今自分に起きた現実を探ろうとベッドから這い出た。

「パパ。ママ。サンタクロースは? プレゼントは何処?」

シーツに篭っていた分、夜目が効いた。心羽は床に降りても力無く四つん這いのまま『誰』かに問いかける。

ここは、只の事実として語りかける薄い光だけが差す自分の部屋。

光の存在しない空間が見える半開きになったままのドア。

もはや無人である処へ力を込めてリビングまで歩こうとした。

産まれたばかりのバンビのように細い足を震わせる心羽は、ドアまでたどり着けなくて、自分の足の半分くらいの固いプラスチックの筒で足を滑らせた。

「ちゅうしゃ? おくすり? ぷれぜんと?」

結局、尻餅をつく格好で半開きになったドアを恨めしそうに見つめるだけで、再びベッドに足を突っ込んだ。

ボクは、望まれなかった子だった?

いらない子だった?

それは、どういう意味なの?

こんなクリスマスイブになるんだったら無理して起きておくんじゃなかった。

シーツの中で再び膝を抱え蹲る心羽は、血液が鼓膜を叩く音が治まらない。

落ち着こうと思えば思う程に、震える膝がガタガタと全身を震わす。

心羽は、身体の揺れを少しでも抑えようと枕を抱きしめ、光を探した。

シーツの割れ目から月光がさして、宝物のように大事にとっておいた金色と銀色の折り紙が寂しく覗いている—— 

子供には、自分がどうする事も出来ない事態に直面すると自分を責める事しかできない。

心羽にはその時間がたっぷりと用意されていた。

闇でもがき、暴れた。

心羽のドールドレスは『乱暴に扱われたように』下半身のスカートはぐしゃぐしゃに乱れ、捲れ上がりドロワーズを履いた細く白い足が露に、上着もボタンというボタンは全て外れていた。

それから、一時間余り泣き叫び、嗚咽に苦しみ出した答え。それは黎明な答え。ようやく困惑した思慮に一段落できたのだった。

女の子になりたい……。

「これしかないんだ。そうでしょサンタのお爺さん……」

 徐に掴んだ金色のサンタクロースに虚ろな目で問いながら、

ふと時間を見て乾いた笑いを見せ、心羽は糸で吊される人形のようにベッドから再び這い出て自分のデスクへ向かった。

『神様。一生、後生のお願いです。ボクを女の子にして下さい』

デスクの上には真新しい聖書。その一ページを毟り取り赤いペンで書く。

それをサンタクロース宛の手紙に同封した。

午後十一時五十八分頃を差している。

本当のクリスマスに間に合っている事に安心したと同じく急激に眠気が心羽を襲う。ふわふわする足を気合いで抑え薄くなる意識でメッセージカードを枕元の大きな靴下の上にそっと置いた。そして、心羽は力つき、羽根が舞うように柔かそうなマッドに身体を沈めた。

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小説「こはねとサンタクロース」4

こはねとサンタクロース

秋月十紅/著

痛い。骨格が軋む音。

水分を大量に含んだ体内の組織が。粘膜のようなドロリとした感覚が。

心羽が心羽であった全てを失うように。

もっと望まれる子になりたい。

全身が溶けて再構築されたような感覚で朝を迎えた。

くちん……

悪夢に魘されたのか、ベッドの上でもがくような格好で自分のくしゃみで目が冷めた。

心羽のひらひらのパジャマは胸元が大きくはだけており、乳白色の丸い肩から薄い胸まで朝日の元で眩く露になっている。

犬のお座りポーズで小さくあくびをするとボタンを一つ一つとめだした時。

「なにこれ?」

 元々肩口まであったミルクティ色の長い髪。今は長い髪所ではない、超長髪。

華奢な肢体の纏わりつくように身体を包む長いミルクティ色の絹糸が煌めいていた。

何度もそれを掬っては引っぱってと繰り返し自分の髪であること確認しながら、

「サンタのお爺さん?」

慌てて、サンタクロース宛に書いた手紙を見たが入っているメッセージカードを見た。

……残っているのは、サンタクロースと会える事を夢みて書いたカードのみ。

寝ぼけ眼で書いた手紙が消えていたのだ。

心羽はベッドに立上がって、首を傾げて、もう一度確認したが聖書の一ページをちぎって書いた手紙は見つからなかった。

足元に落ちていないか屈んで見てみるものの、落ちているのは自分のシルエットだけ。

シルエットは夢のように煌めくミルクティ色の髪とふっくら膨らんだドールドレスのようなパジャマだけ。

「ない」

心羽は、指差し確認した手をそのまま肩へ。横目で自分の手を追いながら肩を撫でるように、髪を払う。そして、滑るように流れる髪を見てから、自分の足の付け根を弄った。

「ない」

心羽が唯一性を判別できる摘める印がなくなっていたのだ。

「これで、パパ、ママに喜んでもらえる!」

飛び跳ねる心羽は天使のように。

あの悪魔は居なくなる。

 優しい両親が戻ってくるんだと飛び跳ねた。

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小説「こはねとサンタクロース」5

こはねとサンタクロース 5

著/秋月十紅

それから、数時間。

何時間たっても両親は戻ってこなかった。

昨晩から外出したきりなのだろうか?

それとも心羽が起きる前に出掛けたのだろうか?

今朝の出来事を話したくて逸るも、

その答えは夕刻になる頃に全て知る事となった。

それは、お昼前突如として押し入る刑事と警察官。と、両親。

違法薬物の所持等で現行犯逮捕されたという両親は、

家宅捜索の中で、幻想でも見るような細い目で心羽を見つけ、

「あんな子知りません!」

「出ていきなさい、他所の子は出ていきなさい!」

常軌を逸脱した叫び声を上げた。

「こはねだよ? こはねだよ? こはね……」

心羽は小さく震えるように首を振り細い声で何度も数えきれない程自分の名前を口ずさんだ。

しかし、両親は『知らない子』『自分達の子ではない』と完全否定しつづけたのだった。

「こはねです……」

 もはや唇から外には漏れずに口腔内で響くまで。

その場に居合わせる警官たちは皆言葉を失っていた。

遠くの者は、薬物が見せる幻覚に話しているのだと思ったのだろう。

近くの者は、異様に華飾されたドールハウス空間を覗き見て驚いていたのだろう。

傍の者は、その部屋の中心。豪奢なベッドの上の精巧な人形を見るなり叫び出した容疑者に驚いたのだろう。

しかし、本当に驚きを与えたのはその精巧な人形が精妙な人間である事実。

皆、絶世の童女に息をのみ、狂うようにそれを否定する容疑者とを言葉なく見比べていた。

そんな中、困惑を隠せない心羽は傍目でもわかるくらいに震え顔面蒼白な面持ちで玉のような汗をかきはじめミルクティ色の髪を丸いおでこにはり付け、胸に手をあて肩で息をしていた。

そして、場の空気が読め出した警官の一人が心羽を小脇に抱え両親から遠ざけた。

その時に腕の注射の跡や副作用と思われる発疹の跡を発見。

そのまま警察で保護される事が決まった。

 数日後、心羽の両親は望まない性別だっただけで出生届けを出さなかった事。

 性差ない容姿を神様から与えられていても尚両親に許されなかった事が世間の知る所となった。それは、

『無届出生児だった幼い美人! 心羽ちゃんは薬漬けで育った?』

『書類上、子供の居ない家庭で薬物を打たれ続けた少女の五年間』

等と何処からか漏れた情報により週刊誌に記事が出たからだ。

心羽は、薬物反応の結果あっさりと両親と引き離さる事が決定され、施設で養子縁組みを待つ事になった。

しかし、すぐに出る事になったのだ。

それは皮肉にも一部の報道協定を無視したマスコミによるスクープ記事が流れたからかも知れない。

それが幸いしたのだろうか。

優しそうな老人が引き取りを申し出てくれたのだ。

その老人は、旧華族の家柄だという事もあり心羽の受け入れが決ってからは心無いマスコミ報道も収束に向かった——。

男の子だったという事実は心羽の胸の奥深くへ。

お腹を痛めて産んだ母親と自分では女の子を欲しくても産めない父親以外は。

誰一人漏れず、心羽を女の子として愛で始めた。

*

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小説「こはねとサンタクロース」6

こはねとサンタクロース 6

著/秋月十紅

 あれから五年。

豪奢な洋館には、橘家の現当主関係の人と御子息。そして心羽の恩人つまりはお爺さん。前当主の柊翔(しゅうと)が住んでいる。心羽はその洋館の一室を成人を迎える二十歳まで間借りする事になっていた。

それは、朝日が惜し気もなく降り注ぐ一室。ホンジュラスマホガニーが使われたフローリングに腰板とケーシング。産みの親達が与えてくれた華飾された空間ではなく静謐でアンティークな空間。精妙な細工が各所に施されているものの嫌味がなく上品な部屋が今の心羽の唯一のプライベートゾーンなのだ。

現在十歳。幼少期の出来事といっても鮮明に覚えているあの一件。

アンティークな空間に産まれたままの姿ではなく『変わったまま』の心羽は、草木をモチーフにした可愛い額が付いたアンティークスタンドミラーと対峙している。

朝日で霧んだ部屋。白く細い足首からミルクティ色の髪の先まで映り真剣に自分の姿を確認する心羽が写し出されていた。

白レフレックスに包まれた被写体は、中世西欧で愛されたビスクドールのように妖艶な美しさを放っている。絹糸のように輝くミルクティ色の髪は腰辺りまで達し、それをかき分け申し訳なさそうに華奢な裸体が覗く。

丸い肩口に少しだけ膨らみを見せる乳房。背中から腰、尻からふくらはぎまで柔らかで優美で精妙な曲線を描く肢体。あの日まで確かあった脚の付け根の主張は今は小さく波打つだけ。

もう、あの頃。男の子には戻れないんだ——

心羽はそんな事を思いながら自分の身体を眺め、そして俯いた。

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小説「こはねとサンタクロース」7

「こはねとサンタクロース」7

 秋月十紅/著

コッコッコッ……

堅いフローリングの上、軽量の少女が童話の主人公のように優雅に可愛らしく歩く音。

それは、ダークブラウンのアンティークブーツから。

まるで木靴でも履いているかのような乾いた音が高い天井の廊下に響いている。

そして、そのブーツの音の主は豪奢なドアの前で止まり小さく回れ右。

「柊翔お爺様、橘心羽です。入っても良いですか?」

心羽は朝の挨拶を済ませようと柊翔の自室の前にやってきた。

厚い扉に力なくノックをしてから、ワインカラーベースのヴィクトリアン調の洋服を整えた。

「どうぞ……」

しわがれた老人の声と共に、静かに扉が開く。

いつもは、体重をかけて開けるはずの重い扉が今日は自動で開いた。

……お爺さんの秘書が扉を開けてくれたらしい。

その秘書は始めて見る顔。ぱりっとした濃い色のパンツスーツに細い光沢のあるネクタイ。

聡明そうな彼女は、堅い服とは裏腹に柔らかな表情を纏っている。そんな第一印象の彼女に、

「ありがとうございます」

深く頭を下げてお礼を言い、

「柊翔(しゅうと)お爺さま、おはようございます……では、また」

悪くいえば不躾、良く言えば寡黙に。上品に歳を重ねた年輩の男性に挨拶だけを済ませた。   

心羽は、バレリーナのように軸足を振れさせない美しさで踵を返し腰まであるミルクティー色の髪を翻した。

「心羽よ。学校は楽しいか?」

柊翔は心羽の髪の裾が落ち着くのを見図ったように声をかけ、軽く挨拶を済ませてからパイプを燻(くゆ)らす間を経て学校の事を訪ねてきた。

暫くするとパイプ煙草特有の甘い香りが細い肩口から漂ってくる。

無戸籍で育った心羽には、長い間学校に通った事がなかった。

あれから五年余りの月日がたった冬のはじまり、柊翔の尽力により戸籍が取れ晴れて学校に通えるようになったのだ。

「はい。想像以上に」

心羽は柊翔に背を向けたまま静かに、端的に答えて唇の端を上げ、くんくん。と大好きなパイプ煙草特有の甘い香りを吸うと、

「こらっ! こはねちゃん、未成年は煙りを故意に吸っちゃいけません! 会長も愛娘の前で煙草はお控え下さい!」

目敏く若いスーツスタイルの女性が突然声を荒げた。

秘書が第一印象通り、聡明に振舞い心羽の小さな頭にチョップを一発。続いて、柊翔のパイプを取り上げた。

簡単にパイプを取り上げられた柊翔は、一瞬絵に描いたように目を見開いたが、ひとしきり笑った後、値踏みする視線を秘書に向けた。

「茉莉(まつり)くん、君中々いい人材の様だ。心羽の事は先程話た通り、それを踏まえた上でお願いなのだが、しばらく心羽付きで働いてもらえないだろうか?」

「話しを摺り替えないで下さいますか会長! 幼年の娘を預かるって心構えが——」

 仲の良い親子のように言い合いが続く。

茉莉と呼ばれた女性は、ごく普通に心羽を叱っただけなのだが、たかがそれだけで。

ほぼ他人の者を自分の身辺に付かせてもいいのか? と一瞬過った。が、

心羽は、それを微塵も零さない鉄ついの聞き分けの良い子の表情を作り、手刀をくらった脳天を抑え蹲る姿勢のまま上目遣いで柊翔と柊翔とは孫ほど若い茉莉との会話を見守る。

いつもパイプ煙草の甘い香りがする柊翔には、逆らえない。

産みの両親から戸籍すら与えてもらえなかった心羽は、今幸せで不自由なく生活できているのはパイプを取り上げられたまま説教されてるお爺さんのおかげなのだ。

柊翔の発言は絶対。心羽の道を照らすといっても過言ではないからだ。

そんな思いが隠った視線を感じたのか茉莉は、不意に膝を抱え心羽を目線を合わせてきた。

「ねぇ、あなたはどうしたい?」

先程まで目上の者を気遣いながらきつく咎める声音とは打って変る、落ち着き凪いだ海を思わす爽やかに澄んだ暖色の美声が心羽の鼓膜を刺激した。

そして、目が合うと眩いものを見るように目を細める慈愛に満ちた笑顔。

茉莉の笑顔は、最高に視感度が高く温かな表情。容易に心羽の小さな心臓と瞳孔を焦がした。

「ど、どうって言われても……」

そんな優しい声音や表情にめっぽう弱く育った心羽は、ピクンと肩を震わし、もじもじと指先を重ねうわ言のように口籠りながら答えるしかできなかった。

耐えきれず目を逸らし、パイプを取り上げられたままの柊翔を伺った。

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小説「こはねとサンタクロース」8

「こはねとサンタクロース」8

 秋月十紅/著

   ***

例の聡明そうな彼女は自分の車らしき前で突然振り返る。

「これが私のトナカイよ」

「はい?」

濃い色のパンツスーツに細い光沢のあるネクタイ姿の堅い印象をうける服とは裏腹に、柔らかな笑顔を浮かべながらトナカイと呼称する車を目一杯両手を広げて紹介する。

そんな彼女に心羽は、間髪入れずに疑問の相槌を返した。

いきなり予想外な言葉を発した茉莉は、いきなり柊翔に心羽の事をよろしく頼まれた形でのお付きの人。その彼女は柊翔に親睦を深める手始めとして学校まで一緒に登校するように指示を受け、部屋を出て終止無言でここまで着たのだ。当然、相当気分を害していると、きっと迷惑だっただろうと考えていた矢先での随分飛躍した発言に驚いたのだ。

「あ! そうか、ごめん。トナカイは鼻だけが赤いのよね? うん」

「……そうですが、そんな事を聞いてるのではなくて」

トナカイから離れない彼女。

形がよく柔かそうなピンクの口元に細い指先をあてたまま自問自答する茉莉に、腰あたりから見上げる格好のまま寡黙な感じで冷静に早口で突っ込んでみた。

そんな彼女は、良く見ると薄い化粧だけの小さく整った顏をしてる。ダークブラウンの髪は太陽の光りで透き通り象徴的なのが大きく分けた前髪に大きめな銀の髪止。

丸いおでこと銀の髪止は太陽の光りを受け、眩く輝やいている。

「と……トナカイ! 私のトナカイなの!」

 思考が一巡したのか爽快感溢れる笑顔で、とりあえず車をトナカイだと言切った。

……聡明そうなのは見かけだけか。

心羽は、思いを隠さず半眼を作り茉莉の発言に対し理解不可能と言わんばかりに眉を寄せた。茉莉は顔の横で綺麗に指を一本たてて言切ったままフリーズ。間が開くにつれ突っ込みを待っているという感じなのだが、それでも、歳が倍程離れた茉莉をひたすら見上げた。

「……」

「……」

 少し冷たい風が二人の間に吹き、心羽のミルクティー色の髪とワインカラーベースのヴィクトリアン調の洋服。フリルの束を優しく揺らせた。 

「……何処がトナカイやねん! とか言ってよ」 

疲れてきたのか綺麗に立てた指が折れ曲がり頬にピタリと指をつけた茉莉は、柊翔の部屋で見せた最高に視感度が高かった慈愛に満ちた笑顔ではなく困った表情にを浮かべて頬を膨らませている。

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こはねとサンタクロース9

 「こはねとサンタクロース」9

  秋月十紅/著

 拗ねたようにぷっくり膨らんだ頬が幼く可愛く見えても、それがクールなパンツスーツとアンバランスで微笑ましくても、それでも平静を保ち半眼で見上げていると、茉莉は膨らんだ頬をそのままに膝をパキッと鳴らし屈んできた。

 一見、キャリアウーマンな彼女にしては一世一代の冗談だったのかも知れない。

 幼い心羽はそう思い、餌を頬張ったシマリスよろしく、彼女にやさしく目線を合す。

 そして、黙ったまま心羽は両手を伸ばし茉莉の膨らんだ柔らかな頬を押した。そして、茉莉の首から垂らす身分証明書を見ながら、

「じゃあ、夏野茉莉さんのトナカイに乗せてください」

 茉莉のピンクのバラの蕾みから「びー」っと下品な音を聞きながら、フルネームでお願い。

 心羽製、強制変顔のまま、なされるがまま、茉莉の言いはる所の『トナカイ』に対して、『トナカイは鼻だけが赤いのよね? うん』に対して、最大のさぁいだいの疑問をぶつけてみる事にした。

「ところで、赤いものが何処にもありませんが……」

 聡明そうなのは本当に外見だけなのかも知れない。変顔の彼女が言い張る所では、少なくとも真っ赤な車を想像する所。

 橘家の一般駐車場には赤いものが見えないのだ。

柔らかな笑顔を浮かべ両手を目一杯広げて車をトナカイと呼称した爽やかな彼女がフラッシュバックする。

赤いスーパーセブンでも期待するって所。

 しかし、駐車場には見なれた黒塗りの車だけ。彼女の車と思しき、丸く屈めた背中を預ける車も漆黒の——

「艶黒……ロブスター?」

トナカイとか、サンタとかそんなメルヘン社会のモノではなく。

もっと、妖しい裏社会のマフィアがコレクトしているイメージ。とにかく、心羽から見えるのは大きく張り出したテカテカに磨かれたブリスターフェンダー。

それは、ロブスターの大ハサミの膨らみ。艶黒ロブスター。

「うぃばぶぼぼばぴひゃん! ばべぶびぃびゃばぶ」

 茉莉は言い終えてから、心羽の手を掴み変顔から開放。自分の頬を摩りながら、

「違うよ心羽ちゃん! マセラティシャマルよ」

言い直し、またまたピシッと人指し指を天へ向け車の説明を始めそうになる刹那、

「赤いものが何処にもありませんが!」

 心羽は語尾を強め茉莉の人指し指を掴んだ。

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